私は夫と海外旅行に出た。
シェラトンだったかヒルトンだったか、一流のホテルと飛行機とがセットでそれなりの値段で行けてしまうので夫は海外旅行しか興味がなく
コロナでしばし、海外旅行に行けなかったので久々の立地気分を味わえる海外リゾートはとても楽しかった。
最終日、フライトまで2~3時間時間があるとの事で夫は「〇〇」に寄っていこうと言った。
私は夫と行く海外旅行はすべて夫任せ、言いなりでそれが正解なので、頭もうろうのままついていった。
タクシーに乗ったがホテル内と認識していた。
着いた場所はとても現実離れした、ヤシのような木々に囲まれた中におとぎ話に出てくるような建物があった。カラフルなお菓子の家のようで
青く晴れた空とよくマッチしていた。
出迎えてくれたのは老婆から子供まで、これまたおとぎ話に出てくるようなからふるな色の服を身にまとい、
おそらくこの開発されたリゾート地の原住民の子孫なのだろうと私は思った。
建物の中に案内されると、たくさんのお土産ものが雑多においてあるのだが、その雑多さがよかった。
私はその中にある赤身を帯びたやや細長いゴブレットに一目ぼれして即購入。ペアで紙袋に入れてもらった。トランクには入れず、機内に持ち込めば、割ることなく日本に持ち帰れるだろうと思った。
店内には猫がたくさんいて、どの猫もみんなおとなしくてなつっこい子ばかり。これも私をたいそう上機嫌にさせた。
もうお土産も買ったし、予定の飛行機に乗って、会社にちょっと顔出すつもりでいたので、その旅行先は東南アジアか近場であったのだろう、
そのくらい私はすべてを夫任せに、ただ楽しく遊ぶだけが仕事であった。
時間になると夫が「行くぞ」といつも声をかけるので私は時計を気にすることもない。
しかし、今回は違った。私は2~3時間目安とだけは認識したから、夫が一向に帰ろうと言わないことが不思議で店員に私の夫はどこかと尋ねると「あなたの夫は会社に早く戻りたいからと先に飛行場に向かった」と言うのだ。
まぁ夫らしいわ。私がお土産の物色に夢中になってる間、すっかり飽きてしまったのか、夫は先に空港のロビーで私を待つつもりなのだろう。
さすがにパスポートと航空チケットはそれぞれが持ってるので、搭乗ゲートで一緒になるなんてことはよくあることだ。
私もそろそろと、その建物を出ようと、グラスの入った紙袋を手にした時・・・
所持品が何もないことに気づいた。
私のバッグは?
店員たちはみんなうっすら笑みを浮かべて首を横に振った
どこかに置いたか??
でも、貴重品の入ったバッグなんて、肌身離さずだろ??
なぜない??
でも、ここは一流ホテル内の一角に作られたお土産屋さんと思っていた私は、どこかに保管されているものと思い込んでいた。
焦りを感じたのは、履いてきたスニーカーすら見つからない時だった。
絨毯の引いた台の上にたくさん猫がいたので私はスニーカーを脱いで、猫と戯れていたのだが、そのスニーカーがないのだ。
店員に「私の靴は?」と持ってきてもらうように言うと、土産品を何点か持ってきた。
「いや、靴を買うのではなく履いてきた靴を探している」と伝えたが首を横にふるばかり。
私はバッグも靴もなく、「身」ひとつになっている自分を初めてはっきりと認識した。
でも、ホテルのロビーに戻ればそこで何とか見つけてもらえるだろうと、まだのんきなことを思っていた。
ところがだ。店員はホテル街からこの場所はタクシーで1時間くらいのところにあると言われたのだ。
「えっ?ここはホテルとそんなに離れた場所なの??」
未開発なのは、ホテルの演出した作り物ではなく、本物の未開発地域だったことに初めて気づいた。
そして、私はお土産の物色に現を抜かすぬかしてる間に完全にすべてを盗まれ、それらは決して戻らないことを自覚したのであった。
クレカの入った財布もスマホもないわけだから大使館に連絡すらできない。その店には「電話」なんてものもなさそうだ。
店員は相変わらずニコニコと笑ってるだけ。猫はなつっこくしている。
いかに夫に頼り切りであったかに気づいた。
私はこのまま一生、この店でここの住人として生きていく事になるのだろうかと思った。